浦和のうなぎ
2017年7月20日
関東地方では梅雨が明けましたが、豪雨になったり、大粒なヒョウが降ったりと不安定な天気が続いている今日この頃です。
今回は、もうすぐ土用の丑の日という事で、『浦和のうなぎ』について触れていきたいと思います。
前回の投稿では、『浦和うなこちゃん』について掘り下げましたが、『浦和のうなぎ』あってこその”うなこちゃん”なわけです。
そもそもなぜウナギが浦和の名物なのか?
地元に住んでいる人でも、多くの方が不思議に思っているとも聞きます。
浦和にはウナギの養殖で有名な浜名湖のような湖があるわけでもありませんし、近辺でウナギがとれるといった話を聞いた事もありません。
しかし、『さいたま市の伝統産業』の一つとされているという事は、何かワケがあるはずです。
調べてみると、その答えは江戸時代にあるようです。
その昔、浦和には多くの川と沼があったようで、当時はウナギがよくとれたようです。
確かに、浦和近辺には現在でも別所沼、白幡沼といった沼が残っています。
また、地域内には、沼影、井沼方、見沼といった”沼”が付く地名があったり、”田”が付く地名も多く、沼や用水路などが多かったと言われる当時の名残を感じる事ができます。
ちなみに、毎度おなじみWikipedia先生によると、2014年に行われた別所沼のかいぼり(水を汲みだし天日干しする事)の際に、4匹のうなぎの生息が確認されたとの事で驚きです。
更に、浦和が五街道の一つである中山道の宿場町になっていた事もあり、行き交う人々が浦和でウナギを食し、江戸時代の頃から評判になっていったというワケです。
(一説には、うなぎの蒲焼は浦和が発祥であるという話もあるようですが、信じるか信じないかは、あなた次第です・・・)
浦和の街を歩くと、歴史を感じる店構えのうなぎ屋があったり、毎年うなぎまつりが開催されたり、そして『うなこちゃん』が生み出されたりと、伝統や文化、そして浦和という街自体を大切にしていこうという気持ちがよく伝わってきます。
中仙道あたりを通ると、いつも蒲焼のいい香りがして『うなぎ美味しそうだなぁ~』と通り過ぎていましたが、歴史を知る事で、感じ方や視点が変わっていきそうですね。
なんだかお腹すいてきちゃった
koike
参考にしたサイト:さいたま市HP浦和のうなぎ、さいたま市の伝統産業、Wikipedia別所沼